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北海道七飯町置き去り行方不明事件で残された謎。

   

北海道七飯町で置き去りにされ鹿部町で見つかった小2の田野岡大和君。行方不明になってから6日間を自衛隊の臨時宿舎で過ごし、無事生存したことで一件落着したこの事件は何とも不思議な謎を残したまま終わりを迎えた。あまりにも不思議な点が多いためネット上では未だに様々な憶測が飛び交っているが、無事生存というこれ以上ない結果が出たことを素直に喜ぶべきだろうと思う。最後に残された謎について考えてみました。

  1. どうして山の奥の方へ入っていったのか?
  2. 2度目に置き去りにされたとき、どうして車を追わなかったのか?
  3. 田野岡大和君はどうやって自衛隊宿舎までたどり着いたのか?
  4. 自衛隊員は何故30日の点検で見つけることが出来なかったのか?
  5. 水だけで過ごしていたわりには元気すぎるのはなぜか?
  6. どうして山を下りて助けを求めなかったのか?

どうして山の奥の方へ入っていったのか?

今回の北海道七飯町置き去り行方不明事件で疑問に思われている一つが捜索範囲の設定である。

自衛隊演習場の宿舎は山を奥に入っていったずっと先にある。山の奥の方を捜索しなかった理由は田野岡大和君の性格を考慮してのことだという。「虫を怖がるくらい臆病なので山の奥の方へはいかないだろう」という判断だったそうだ。

結果論だが、もっと慎重に判断すべきだったと思う。そもそも大和君はどちらが山奥でどちらが山を下りる道かわかっていなかったのではないだろうか。2度目の置き去りなのだ。1度既に置き去りにされて恐怖を感じている。また置き去りにされることを考えている子供に外の景色を覚える余裕はないように思う。もちろん個人差はあるだろうし、直前に親がどのように接していたかということも重要なポイントである。ここでの接し方が次の項目の「2度目に置き去りにされたとき、どうして車を追わなかったのか?」という謎に繋がっていくのではないだろうか。

2度目に置き去りにされたとき、どうして車を追わなかったのか?

田野岡大和君は1度置き去りにされたときには必至で泣きながら車の後を走って追いかけた。何故2度目はそうしなかったのか?

頂いたコメントの中に「置き去りをしても子供は必死に車にしがみついて危なくてとても発車できない」というものがありました。必至になればの行動です。もし置き去りにされても子供は食らいつこうとすると思います。しかし2度目はかなりキツく言われたのでしょう。泣きじゃくっている間に車がいなくなってしまって、道も分からずに進んでしまったと考えれば辻褄が合うと思います。

田野岡大和君はどうやって自衛隊宿舎までたどり着いたのか?

これは運が良かったと言うほかないのではないだろうか。自衛隊演習場の宿舎まではいくつもの分かれ道が存在し、道の選び方によっては同じところをグルグルと回ることになってしまう。

田野岡大和君が七飯町に置き去りにされたのが4時から4時半の間である。マピオンで調べると鹿部町の自衛隊演習場の宿舎までは直線距離で6km、道沿いに進むと8~10kmくらいありそうである。小2の田野岡大和君だと山道ということも考慮すると2時間以上はかかったのではないだろうか。そして運よく鹿部町の自衛隊演習場までたどり着いたとしても演習場は広い。広大な鹿部町の自衛隊演習場の中で宿舎まで迷わずにたどり着けていたとしたら本当に奇跡である。田野岡大和君は当日の夜に宿舎までたどり着いたと言っているので本当に運がよかったと言うほかない。

何故30日の点検で見つけることが出来なかったのか?

最大のミステリーのひとつ、田野岡大和君は北海道七飯町に置き去りにされた当日から鹿部町の自衛隊演習場宿舎にいたわけだが、30日に自衛隊の隊員がこの宿舎の点検に訪れている。この時の大和君の行動は謎に包まれている。マットレスに挟まって寝ていたのだから、マットレスが動かされている形跡はなかったのか?子供が行方不明になっているのだから、もっと慎重に点検していればひょっとしたらもっと早く見つかっていたかもしれないという声も多い。いずれ大和君が元気になれば本人の口から何をしていたかが語られるかもしれない。

ちなみに施錠されてなかったので田野岡大和君が宿舎に入ることができた。施錠していなかったことに関して北海道自衛隊のセキュリティの問題を問う声も多いが、山で臨時の宿舎、人も来ないし取るものもない。ナンバーキーが開放されていたと話していたので番号を忘れても点検できるように常に開けっ放しだったのかもしれない。いっそのこと鍵はなくてもいいのではないかと思ってしまいますね(笑)

水だけで過ごしていたわりには元気すぎる

成人している大人なら1週間水だけで過ごせるそうだが、田野岡大和君は小学2年生の7歳。小児医療センターの専門家の話によれば、7歳の子供が1週間水だけで生きているというのは前例がないという。その為に「誰かが保護していて連れ込んだのでは?」という声も挙がっているほどだ。

しかし北海道七飯町は、数日は雨が降り天気が悪かったことも功を奏したのではないだろうか。寒いし雨だから動けない。北海道だけあって最低気温は一桁だった日もあった。寝ているしかないという状況が大和君の体力を温存に繋がったのかもしれない。発見された当日の状態は、低体温状態と低栄養状態だったという。あと数日遅ければどうなっていたかはわからない。

どうして山を下り助けを求めなかったのか?

北海道七飯町置き去り行方不明事件で個人的に一番の疑問は「どうして山を下り助けを求めなかったのか?」ということである。テレビではサバイバル能力が高いのではないか、などと分析していたがそもそもサバイバルをするためにここに留まっていたわけではない。生存能力が高ければどうやって山を下りて助けを求めるかということを考えるはずである。実は鹿部町自衛隊演習場の宿舎から麓の民家までは1kmもなかったのである。日中は隣のゴルフ場から人の声が聞こえてきそうなくらい近い場所に宿舎はある。北海道七飯町や鹿部町が数日は雨だったとはいえ、大和君が到着してから2日間は山を下りようと思えば下りれたのだ。見ず知らずの土地だからとはいえ、いつまでここにいるつもりだったのだろう?これも大和君が元気になれば本人の口から理由が語られるかもしれない。

思い起こせば最初から置き去りを山菜採りと偽り、服装についても父親が誤った証言をしたことから様々な憶測を呼びやすい状況が作られてしまった北海道七飯町置き去り行方不明事件。大和君が無事保護されたことで最良の結果で幕を閉じたがいくつも不自然と感じられることが残ってしまった。しかし田野岡大和君が見つかった今、今回の北海道七飯町置き去り行方不明事件で一番考えなくてはいけないことは「しつけのあり方」ではないだろうか。置き去りが良い悪いというのではなく、どういった目的をもって、最終的に何を子供に理解させるためにしつけをしているのかということを、子供のしつけに悩む親は今一度自身に問う必要があるのではないだろうか。

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