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蓮舫は終わった?1997年(平成9年)に台湾との2重国籍を自覚か!?

      2016/09/13

民進党の代表選に出馬予定の蓮舫議員。しかし台湾国籍と日本国籍を有しているいわゆる2重国籍疑惑で蓮舫議員の周りが騒がしい。さらにここにきて蓮舫議員の2重国籍に対する発言を覆す事実が次々と挙がってきている。

  • 蓮舫議員の2重国籍をめぐる発言の矛盾
  • 蓮舫議員が1997年(平成9年)に台湾国籍を自覚していたことが発覚

蓮舫議員の2重国籍をめぐる発言の矛盾

蓮舫議員は「18歳(後に17歳と訂正)の時に日本国籍を選んでおり2重国籍ではない」とテレビで公言していました。

昭和60年以前は父親が日本人の場合にのみ日本国籍を取得することが出来ました。蓮舫議員は父親が台湾人、母親が日本人なので1984年以前は日本国籍を取得することが出来ませんでした。つまり1984年以前は台湾国籍ということになります。そして蓮舫議員が日本国籍を取得したのは1985年。実は1984年に法改正が行われ、この年から「国籍法及び戸籍法の一部を改正する法律」の附則第5条の特例により蓮舫議員が日本国籍を取得することが可能になったのです。なので蓮舫議員が1985年に日本国籍を取得したと言うことに関しては問題がない。

しかし問題なのは台湾国籍のほう。台湾の法律(中華民国国籍法)によると20歳を過ぎないと国籍離脱は出来ず、18歳の時点で蓮舫議員は台湾国籍を抜くことが出来ないのです。つまり日本国籍を取得したとなると、この時点から2重国籍ということになります。

蓮舫議員によると「父親と一緒に国籍取得のために高校を休んで東京にある台湾代表処にいって台湾籍放棄の手続きをした」というのですがこの時点で台湾国籍を抜くことは事実上困難です。いくつかの特例もあるようですが、蓮舫議員の場合は適合される特例はなかったようです。

現在蓮舫議員は台湾国籍離脱が出来ていたかは現在確認中とし、それとは別に9月6日に台湾駐日代表処に対し台湾籍を放棄する書類を提出したそうです。

大まかにまとめると1985年に日本国籍を取得、同時に台湾国籍離脱の手続きをしておりその時からずっと日本人というだというのが蓮舫議員の主張です。

当時の情報がないのでわかりませんが、現在は「国籍離脱のタイミングは申請が受理されてから数か月後に法務局の担当官から手続きを行うように指示される」そうです。もしこれが1985年当時も同じであればすぐに国籍離脱の手続きを行うことは困難だったはずですが当時がどうだったか気になるところですね。

しかしここにきて一連の2重国籍に対する発言を覆す、1997年(平成9年)に蓮舫議員が台湾国籍だということを自覚している発言をしていたことが明らかに。

蓮舫議員が1997年(平成9年)に台湾国籍を自覚していたことが発覚

蓮舫台湾国籍発言

これは1997年(平成9年)の雑誌「CREA」での蓮舫議員の発言。ハッキリと台湾国籍だと明言しています。つまり1997年(平成9年)、30歳の時点では自分は台湾国籍を保有していることを自覚していることになります。1985年に台湾国籍を離脱したという発言は嘘なのでしょうか。1985年に日本国籍を取得しているのであれば、自分が台湾国籍だと言っている1997年(平成9年)時には2重国籍であることは理解しているはずですよね。

国籍法では2重国籍である方は22歳までに国籍をハッキリさせる必要があります。しかし2重国籍のままでも厳しい罰則は特になく、それが2重国籍を生む背景にあるのかもしれません。ちなみに2重国籍について、期限までに国籍の選択をしなかった時には法務大臣から国籍選択の催告を受けるはずなのですが蓮舫議員は催告をどうしたのでしょうね。

民進党の党首選に出馬するのであれば2重国籍はクリアしなければならない問題だと取り沙汰されていますが、むしろそれ以前に国会議員として働くうえで2重国籍問題はクリアにする必要があったのではないかと思います。何より過去の発言から、今回の2重国籍に於ける発言が嘘とも取れる矛盾が生じていることは非常に問題です。

仕分けで他人に厳しいイメージの蓮舫議員ですが、自身の2重国籍についての発言に対する矛盾や嘘についてどのような対応を取るのでしょうか?対応次第では議員として終わってしまう可能性も無きにしも非ずです。

蓮舫議員が(平成9年)時に自分が台湾国籍を自覚していたことが発覚したことで再び炎上することは必至です。

関連記事:蓮舫議員の2重国籍問題の真相。原因と焦点と問題点。

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